かがめようと、心に用意し決心しているかのようにさえ見える。
 彼は、擽ったい焦立たしさを感じた。彼はぶっきら棒に云った。
「さっきの返事は?」
「はい?」
「さっきの電話の返事は?」
「ああ、ほんにまあ。――丁度お豆腐やさんがね参りまして」
「何て依岡で云ったんだ」
「――依岡様でよろしく申上てくれと仰云いました。いずれお正月にでもなりましたら旦那様も御全快になりますでしょうから、お二人様でおいでいただきましょうと仰云いました」
「ふむ。――」
 彼は仰向いて枕についている眼の端から、れんを見た。もう行ってよいのか悪いのか判断しかねて、厚い木綿に着ぶくれた膝の辺を一層もじもじさせて此方を視ているれんの様子は、彼に怒鳴りつけたいような野蛮な衝動を感じさせた。
「第一あの切口上が堪らない」彼は心の中でむかついた。「変に黒く光る眼じゃあないか、無智極るくせに押のつよい。放って置けばのしかかるし、何か云うと直さまあわてて、はい、はいの連発だ。――度し難い奴だ」
「お前も何だな」
 やがて彼は白い天井から文句を読み上るように云った。
「出かけるがいい。息子の処へ行ってゆっくり休んで来たらよかろう
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