或る日
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)降誕祭《クリスマス》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)小|卓子《テーブル》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔一九二五年五月〕
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降誕祭《クリスマス》の朝、彼は癇癪を起した。そして、家事の手伝に来ていた婆《ばあや》を帰して仕舞った。
彼は前週の水曜日から、病気であった。ひどい重患ではなかった。床を出て自由に歩き廻る訳には行かないが、さりとて臥《ねた》きりに寝台に縛られていると何か落付かない焦燥が、衰弱しない脊髄の辺からじりじりと滲み出して来るような状態にあった。
手伝の婆に此と云う落度があったのではなかった。只、ふだんから彼女の声は余り鋭すぎた。そして、一度でよい返事を必ず三度繰返す不思議な癖を持っていた。
「れんや」
彼女に用を命じるだろう。
「一寸お薬をとりに行って来て頂戴」
「はい」
先ず見えない処で、彼女の甲高い返事の第一声が響く。すぐ、小走りに襖の際まで姿を現し、ひょいひょいと腰をかがめ、正直な赫ら顔を振って
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