突伏し声を殺して笑い抜いた。
千代は、美しい眉をひそめながらぴんと小指を反せて鍋を動し、驚くほどのおじやを煮た。そして、行儀よく坐り、真面目な面持ちで鮮やかに其等を皆食べて仕舞うのであった。
「仕様がないじゃあないか、あれでは」
到頭、彼が言葉に出した。
「置けまい?」
「――だけれど、もう三十日よ」
さほ子は、良人の顔を見た。彼は目を逸し、当惑らしく耳の裏をかいた。
「けれども。――駄目なものなら早く片をつけた方がいいよ。いつ迄斯うしていたって」
隅の椅子から、彼女は怨むように云った。
「――貴方仰云って頂戴。始めからの責任があるんだから」
「出ろって?」
さほ子は合点をした。
「僕じゃあ角立つよ。お前が云った方がいい、正直に訳を云って。――已を得ないじゃあないか」
「……」
さほ子は、夜の部屋の中をぶらぶら彼方此方に歩き出した。彼は不安げな眼でそのあとをつけた。
「私、出て行けって云うのは辛いわ。ましてあの人は、やっといる処が出来たって喜んでいるんですもの」
程経って、彼が思い出したように云った。
「けさ、はがきが来ていたろう? あれの処へ」
「来ていたわ。――牛込か
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