も》さほ子の心に湧いた。
千代は、その人形を見せ、彼女に国の話をきかせた。
千代の話によれば、彼女の父は町で有名な酒乱であった。彼女の母は、十年前妹をつれて逃げ、今名古屋にいる。その人形は、数年前、母に会いたさに父に無断で名古屋に行った時、母に買って貰ったと云うものであった。今度、到底いたたまれないで逃げて来るにもその人形だけは手離せず包に入れて持って来たのだそうだ。
成程古いのだろう。
やすもののその西洋人形は、両方とも眼がとれていた。亜麻色の濃い髪を垂れ、赤い羽二重の寛衣《シャツ》をつけた人形は、わざとらしい桃色の唇に永劫変らない微笑を泛べ、両手をさし延して何かを擁《だ》き迎えようとしながら、凝っと暗い空洞《うつろ》の眼を前方に瞠っているのだ。
千代は、越後の大雪の夜、帰らない飲んだくれの父を捜して彼方此方|彷徨《さまよ》った有様を憐れっぽく話した。
さほ子にとって、其等の話は本当らしくも、嘘らしくもあった。彼女の話す声は全くそれ等の話に似つかわしいものであったが、容子はちっとも砕けず、余り自身の美しさを知りすぎているようであったから。
さほ子は、陰気になって千代の部
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