のがございますんですけれど。――国を出ます時、友達にあずけて旅費をかりましたもんでございますから」
 暫く沈黙の後、さほ子は傍に見ている千代に云った。
「家ではね。お料理は簡単なのよ。だからどうかすぐ覚えて自分でやれるようにして頂戴。今こしらえるのはね」
 彼女は、料理の説明をした。手を動している間じゅう、彼女は調味料の置場所や、味のこのみやその他を話してきかせた。千代は、実に従順にしとやかに一々「はい」と答えた。れんの遽《あわただ》しい今にも何かにつき当りそうなせき込んだはい、はいの連発ではない。艶のある眼で、流眄《ながしめ》ともつかず注目ともつかない眼ざしをすらりとさほ子の頬の赤い丸顔に投げ、徐ろに「はい」と応えるのであった。けれども、両手はエプロンの上に、品よく重ねたきり、一向動かそうとはしない。
「一寸あのお玉杓子をとって頂戴」
 命ぜられた品をとって渡すと、顔ほどは美しくない彼女の二つの手は、眠い猫のようにすうっと又エプロンの上に休んで仕舞う。
 さほ子は、困った眼付で、時々其手の方を眺た。
「――まあ仕方がない。様子が判ったらやるようになるだろう」
 然し、その困ったような
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