給料のことも簡単に定ると、彼女は娘を待たせて良人のところに行った。
 彼女は亢奮した顔で良人に囁いた。
「まるでお嬢様よ。変に可愛いの」
 彼は眩ゆいように眼をちらつかせた。
「――働けそうかな」
「大丈夫よ。家の事は子供の時からしているんですって。手は確に働いたことがある手だわ。――いいでしょう?」
「さあ……いて見なければ判らないが」
「兎に角暫くでもいいわ。其に、若しこの後誰も来ないと大変だから、ね」
 千代は、いると定ると、牛込の宿に行って荷物を取って来た。大きくもない風呂敷包み一つが、美しいその娘の全財産であるらしかった。三畳の小部屋に其を片づけて仕舞うと、彼女は立って台所に来た。
 さほ子はメリケン粉をこねながら、千代が、来た時と同じ華やかなメリンス羽織を着ているのを認めた。
「ふだんはね、其那奇麗ななりをしないでいいのよ。さっぱり働きいい方が好いからね」
 千代は、桃色の襟をのぞかせたエプロンの上に両手を重ね、伏目になって云った。
「はい。――でも……あのこれ一枚でございますから」
 さほ子は、気の毒らしい顔を伏せて、せっせと鉢の中をかきまぜた。
「――もう一枚一寸した
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