るのだ。

          四

 一遍でも外国へ行った作家は、こういう思い出を持っていはしないだろうか。
 外国暮しの或る日、激しく全世界の動きというものを身辺に感じ、何か立ちどころに、世界を掌握したような国際小説が書けそうな、少くとも書いて見たい衝動を感じたことがありはしないか。ブルジョア作家でも恐らくそうだろう。まして確然とした世界観をもつプロレタリア作家が、遠く島国日本の客観情勢を展望し、中国の新興力を鳥瞰図的に把握し、しかもソヴェト同盟における大建設の地響きを足に感じながら目前に大危機を経験しつつあるドイツを見ているとしたら大小説を書きたくならない方が不思議なくらいだ。
 熱情は藤森成吉をとらえた。
 一種の熱情は前書にあふれている。ところで、「転換時代」第一部がわれわれに与えた実際の印象はどうだろうか。総体的な不満だ。
 ふかい、ひろい不満だ。上手とか下手とかいうのと違う。
 前書によって、われわれはこの小説から強烈に世界の動き、熱、匂いをぶっつけられるだろうと思ったのに、だんだん読んで行って見ると、違うものがある。ベルリン在住の「労働者と一緒にいないと、どんなに淋しい
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