逃れる術もありますまい。もう覚悟は決めました。然しこんな哀れな百姓にも一期の願いというものはございます。それを聞いては下さいますまいか」
天狗は鷹揚に「なんだ、早く云え」と云った。
「話では、天狗は変通自在のものだと云います。私もどうせ喰われるからには、どうか一目あなたがほんとの大天狗かどうかを、見て死にたいと思います」
天狗はカラカラと笑って「雑作もないことだ。註文を出せ。どんなものにでもなってやる」と云った。
そこで百姓は腰をかがめて、願ったことは、
「この山のどの杉の木より大きな杉になって見せて下さい」
天狗は忽ち数丈の杉の大木となって、百姓の前に聳え立った。百姓はその天狗の杉の幹を手で打ち叩き、打ち叩き感嘆した。
「ああ、なんと素晴らしいことじゃ。こんな見事な杉の木を見て死ねるというのは有難い」
天狗の杉は満足気に云った。
「どうだ、もういいか」
百姓は天狗に頼んで、その次にはとても、とても大きな石になって見せてもらった。
最後に百姓は天狗に云った。「これで私も日頃から見たいと思っていた大きなものという大きなものはお蔭で見られました。せめてこの上のお願いは、あなた
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