リの態度に歯かみ[#「かみ」に傍点]をした所まではいいが、ブルジョア才人は才に堕して、彼の「青春行状記」に現われた直木的科学万能論と共に、六方を踏みながらファッショの陣営へ乗り込んだ。
「俺は何んにでもなってやる」と云いながら決してコムミュニストにならずファッシストになったところに実に津々たる興味がある。何んにでもなれるのではない、ファッシストにしかなれないのだ。然も一種の世間師だから期限付のファッシストを宣言したところ思わず人を哄笑させる。
二
直木三十五の宣言を読んだ時、自分は一つの昔噺を想い出した。
ある恐ろしい山道で一人の百姓が天狗に出遭った。天狗は既に烏天狗の域を脱して凄い赤鼻と、炬火《たいまつ》のような眼をもった大天狗だ。天狗は百姓を見て云った。
「ヤイ虫ケラ[#「ケラ」に傍点]。俺に遭ったのは百年目だ。サア喰ってやるから覚悟しろ」
百姓は浅黄股引姿でブルブル震えながら云った。
「アアこれはこれは天狗様。話に聞いた天狗と云うのは、あなたのことでございましたか。昔から天狗に遭えば生身を八ツ裂にされて喰われるということは聞いておりました。この山中で
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