見ると、彼女は中国で生れているのであるから、中国の庶民生活はよく知っているであろう。ただ、よく知っている、その細部を描写しているというだけでない暖かさが阿蘭を描くバックの筆致にこもっている。そこには何か女であって初めて実感となって作者の感情の内容となっていると感じられるものが流動しているのである。外国人によって細かく観察された描写という以上の血縁的なものがある。
「お菊さん」を書いた、ピエール・ロチの筆致は実に細かで敏感で、長崎の蝉の声、夏の祭日の夜の賑い、夜店の通りを花と一緒に人力車に乗って来るお菊の姿の描写などは、日本人では或はああいう風な色彩的な雰囲気では書けないであろう日本的なものを活々と描出している。だが、ロチの観察には、冷やかさ、距離、知的な好奇心、そういうものが漲っている。そういう意味での客観的態度が貫いている。
 バックは、そこで生れた場所に対する自然な、充実した知識、観察で描いているばかりでなく、独特な愛情が感じられるのである。バックは、阿蘭達の生活からずっと離れたところにいるからそれが見えて書けているのではなく、ほんとに身のまわりに、自分がその中にいて生活を感じてい
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