の原に壊れて雨風にさらされた牧柵が立っていた。少し行ったら水かさのました川で柳があたまだけ水から出して揺れていた。
 雪解け後は乾ききったモスクワから来るとそういう風景は、水っぽく寂しく、いかにもヨーロッパ北部の感じだった。
 ここにまたネ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]河が流れている。一九一七年の十月二十五日払暁三時半にはこの河を巡洋艦「アウロラ」がさかのぼって来て、冬宮に砲口を向け碇泊した。それは輝かしい焔の記念だ。が、今ここには美しい寂寥がみち拡がっている。
 室内にはやや色のさめた更紗張の椅子、同じ布張のテーブルがおいてある。二人の日本女は急に静かで頭の芯がジーンとなったような気持で顔を洗った。
 戸を叩いて、
 ――もういいですか?
 停車場まで迎えに来てくれたNが、柔い黒い毛でつつまれ少し鉢のひらいた頭を出した。
 ――さあ、どうぞ。
 するとNは後を振向いてロシア語で「かまわないそうです」といい、道をゆずって一人の大柄な女を室の中へ入れた。
 ――「学者の家」の監督やってる人です、とても親切なんだ。
 それからロシア語で、
 ――御紹介しましょう、こちらがエレー
前へ 次へ
全54ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング