グラードはレーニングラードに変った。そこにやはり記録されざる個々の行跡の偉大な堆積がある。
学者の家
その部屋へ入ったとき日本女は軽くめまいがした。
旧ウラジーミル大公の家の大きい二つの窓の下をネ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]河が流れている。はやく流れている。どこを見わたしても船一艘ない水ばかりがひろく、はやく流れている。
むこうで遠く水に洗われているペテロパヴロスク要塞の灰色の低い石垣が見える。先が尖って、空に消えて見えないような金の尖塔が要塞内からそびえ立っていた。太陽はどっか雲の奥深いところにある。
窓の真下は冬宮裏の河岸だ。十九世紀ヨーロッパの立派な石の河岸だ。人は通っていない。太い鉄の鎖がどっしり石柱と石柱との間にたれ、わらが数本ちらばっている。ネ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]河は絶えずはやく流れ、音なくはやく流れている。――
静かさはどうだ。
明けがた汽車の中で目をさましたとき日本女は、窓からもう一つ水の景色を見た。野原で草が茂っていた。初夏の青草だ。どっから来たのかわからない水が浅くひろくその原を浸していた。水づかり
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