あるいていなかったと誰がいえる。さっき、その大きい二つの眼をステーションの雑踏のうちへ吸い込ませた二十五歳のナターリアはその年、中学校の女生徒だった。彼女は貨車へのっかってフィンランドの国境まで行った。貨車を引っぱっていた機関車はとてものろくはしった上、まるで思いがけないところで立往生した。すると若いもの達は貨車の中からとび出して森へ行った。森で彼等は白樺の木を伐った。機関車はそれをたき黒煙をあげてはしり出し彼女等は貨車の真中に煙突を立てているさびた鉄ストーヴで麦粉の挽きかすをドロドロな粥に煮て食った。しかもそれを日に二度だけ皆が食い、食糧委員長をしていたナターリア自身は一度しか食べない時があった。
一人の日本女がレーニングラード行の夜汽車に寝ていること、零時五分に車掌が天井の電燈を二つ消して車内を一層眠りよく薄暗くして去ったことと、それとの間に何のつながりがあるだろう? 日本女は感じている。彼女の体に響いているレールの継ぎ目一つ一つはかつて「十月」、たとえばナターリアの小さい行跡が記録されないと同じく記録されない革命的プロレタリアートの行跡によって獲得されたものであることを。ペテロ
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