ったレーニングラード・ソヴェト文化部員ムイロフは革命のとき鍛冶屋だった。一九一三年からの党員だ。はじめて会った時、ムイロフは、大きい手へ逆にもった鉛筆をけずりながらあんたの職業はなんだと日本女に訊いた。「私は作家だ」「ふーむ。作家も仕事をもってる」それから丁寧に鉛筆の削り屑を机の下の紙くず籠へすてて「……リベディンスキーの『一週間』というのは日本に知られてるだろうかな?」といった男だ。
 ――あんたがた、レーニンの室見せて貰いましたかね。
 不意にムイロフが訊ねた。
 ――いいえ。
 彼の室へ来ると、
 ――一寸かけて待っててくれ。
 書類入鞄を机の上へほっぽり出して、いそぎ足に出て行った。
 ――見られるんだろうか、レーニンの室って。
 ――さあ、いいな、もしそういう工合になれば。
 じき、帰って来たムイロフが、開いた戸から首をつっこんで二人の日本女を呼んだ。
 ――出かけましょう!
 手に鍵束を下げたムイロフについてまた廊下へ出た。
 少し行って、廊下を左に曲る、日本女が足のはずみでその前を通りすぎそうにしたごくあたり前の或る木の扉のところでとまった。鍵がうまく合わない。プリントを
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