そこからは石鹸くさい湯気が立ち上り、窓枠の外の石がぬれている。石の隅に青苔がついていた。
 その中庭へ荷馬車が入って来たら蹄の音が高くあたりの鼠色の建物に反響した。
 二人の日本女が歩いてるハルトゥリナ通りにしろ、もとのニェフスキー・プロスペクトにしろ、モスクワとは違ってみんな木煉瓦の鋪装である。蹄の音はそこで柔かく、遠く響く。昼の街のしずかさが一層感じられた。

 鉄門が片扉だけあけはなされている。
 大理石像が壊れて土台の下に落ちている。まわりを埋めて草が茂り、紫のリラの花が咲いている。ベンチに、帽子をかぶらない女があっち向にかけて本を読んでいた。またそのむこうはフランス風の鉄柵だ。河岸通り。ネ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]河の流れがその鉄柵をとおして見えた。
 こういう門の中に、レーニングラード対外文化連絡協会《ヴオクス》があるのだ。
 厚い紅い色の絨毯が敷いてある。金塗の椅子やテーブルや鏡がそこの室内にはある。楕円形の大テーブルに、ソヴェト内地旅行案内のパンフレットや対外文化連絡協会の週刊雑誌などがきちんとならべてあった。
 СССР地図を後にして一人のソヴェト的紳
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