しになっている。人がいた様子だけあって、そこいらはしんとしている。
 大階段の大理石の手すりにもたれて下をのぞいたら、表玄関が閉っていてほこらのように薄暗かった。ぼんやりその裏から白と黒との大理石モザイックが見える。
 思いがけない直ぐうしろでかなり乱暴に戸が開いた。派手な紅どんすで張った室内の壁や、椅子や、天井の金色枠が、人の出て来る拍子に見えた。ここにも寝台がいくつか入れられている。その人は、うつむいて気ぜわしそうに眼鏡をかけ直しながら食堂の方へ去った。
 防寒のために荒羅紗を入れ、黒い油布を張った上から鋲をうちつけた、あたりまえのロシアの戸だ。そこが「学者の家」の常用口だ。一番下に「風呂」という札が出ている。風呂はどこになるのか誰のためにその札が出してあるのか分らない。(住んでる者は毎朝風呂の横で顔を洗っているのだから。)
 中庭がある。木煉瓦が一面敷つめてある。中庭の中央に物置小屋みたいなものがあり、横のあき地に赤錆のついた古金網、ねじ曲った鉄棒、寝台の部分品のこわれなどがウンと積まれている。
 半地下室の窓が二つ、その古金物の堆積に向って開いている。女がならんで洗濯している。
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