士がかけている。室の真ん中にタイプライターが一台おいてあり、それに向ってほっそりした、これもごく教養的な女が膝を行儀よく揃えて坐り二人の日本女のために幾通かの紹介状をうってくれた。
 出て来た時には、リラの木の下のベンチにもう誰もいず、門の前の歩道を犬をつれた男が散歩していた。ステッキをその男はゆうゆうついている。ほほう!
(モスクワ第一大学の建物は黄色い。横の歩道へ立って午後そこへ現れて来るステッキを見ろ。ステッキの持主はみんな革命の市街戦で脚のどっかを工合わるくしたものばかりだ。)

 燈柱の堂々たる橋がある。

 公園だ。十月革命の犠牲者の記念がある。三色菫《イワンダマリヤ》の花盛りだ。赤っぽい小砂利が綺麗にしきつめられ、遠くの木立まですきとおる静寂が占めている。木立の上で、緑、黄、卵色をよりまぜた有平糖細工みたいなビザンチン式教会のふくらんだ屋根が、アジア的な線でヨーロッパ風な空をつんざいている。
 掘割に沿って電車が走って行く。

 再び公園だ。菩提樹のなかにロシアのイソップ・クルイロフの銅像がある。ひろい斜面に花や草で模様花壇がつくられていた。赤や緑の唐草模様だ。モスクワ劇
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