がのっている。爺さんがいる。薬罐から湯気が立っている。我々の眼鏡は戸をあけた時曇った。そこで、私共はハガキと角石を包んだような小包を受けとった。事務所の粗末な郵便棚を、私共は一月に三四度見にくるのだが、先週もその前の週にもあった男名宛のハガキなどが今日迄も受けとられず、ざらついた棚の底にくっついているのを見ると、一種の心持を感じる。この水田達吉とたどたどしげな横文字で書かれた男はどこにいるのか。どんな気持で彼は暮しているか。音信を絶った心が感じられ、外国暮しの微な侘しさがある。――
 私共は、待ち設けていもしなかった小包を受け、随分元気に歩いて、夕暮の散歩道《ブリヴァール》をホテルまで帰ってきた。直ぐ紐を剪《き》り、ガワガワ云わせて包紙を開き、中から本を取り出した。私の道伴れは、本を手にとり、真中ごろを開き、表紙を見なおし、彼女の善良な、上気した、齦《はぐき》の出る笑を笑った。その顔を見て、私はもっと笑う。
 ――でも……小ッちゃなものに成っちゃったねえ。
 ――いいことよ、決してわるくなくてよ。
 ――わるくない? 本当に?
 ――本当に!
 私は、なお坐りつづけて読み、読む。そして
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