午後三時の西日がさして、火のように硝子を燃やした。

 大劇場は、ふだんアイダや、サロメや、ボリス・ゴドノフを上演するところだ。月曜日にオペラの俳優達は、彼等の喉を休ませる。そこへ、今日は、モスクワでは珍しい日本女まで混えた大群集が六階の天辺のバルコニーまで、チェホフの「桜の園」を観ようとつめかけた。
 棧敷《ボックス》の内張も暗紅色、幾百の座席も暗紅色。その上すべての繰形《モールディング》に金が塗ってあるからけばけばしい、重いバルコニーの迫持《せりもち》の間にあって、重り合った群集の顔は暗紅色の前に蒼ざめ、奥へひっこみ、ドミエ風に暗い。数千のこのような見物に向って、オペラ用の大舞台がそろそろと巨大な幕をひらき、芸術座の演出法で第一場を現した。
 ――桜の園――然しこれは、何だか居心地わるい桜の園だ。すべてが大きすぎる。ラネフスカヤの家に、オペラの大道具が突立っている。オペラ物らしくぞんざいで、色ばかり塗りたくってある。
 経済的理由で、唯一晩の興行に、できる丈間に合わせをやったとしても、相当美しく、情緒を湛えてラネフスカヤがそこに再び母を見、自分の青春を見、涙さえこぼす桜の園が、窓か
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