九〇〇年八月、チェホフが楽々と「ヴイ」を「トゥイ」にかえてクニッペルを呼び始めてから、訳者も彼女の心持をのばしている。
さて、再び訳者からは離れる。そしてチェホフが妻に向って、お前は今舞台稽古か、メルズリヤコフスキー小路にいるか、ヤルタからは、私からは遠い。と書いたモスクワで、特に芸術座から近いホテルの机でこの書簡をよみ、私はどんな感じを受けているか。
一言にいえば、大変面白い。特に、桜の園の上演を見た後では。また、日常生活のこまごましたこと、たとえばこの書簡集にはもちろんロシア小説の到るところに現れて、分るようで分らなかった午餐《アベード》を、自身食べたり食べなかったりして暮していると、散髪につき、風呂につき、チェホフがしばしば妻に訴えているロシア式不便を、滑稽な位理解する。これは、高貴な或は悲しく面白い彼等の魂とともにあらゆるロシア生活中最もロシアらしきものの一端だ。今日でも、モスクワ市トゥウェルフスカヤ街に店舗を張っている理髪師は、巴里《パリ》風と称するロシア式剪髪によって、盛に客の衿頸に毛を入れている。妻に送ったチェホフ書簡集の訳者はおかっぱ[#「おかっぱ」に傍点]だ。彼女
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