ていた。彼等は動かない。薄暗い中で、座席から立ちかね、感情に捕われている。彼等は、何等かの意味で自分達の桜の園を持っていた。そして今はそれを失った人々だ。ロシアに現在そういう人も多い。――
我々は閉めかけた場内の売店で、燻肉ののったパンをたべ茶を飲んだ。椅子が逆にテーブルの上にのっている。コップでレモンの輪が黄いろい。
この演出に、我々はクニッペルやスタニスラフスキー、カチャロフその他昔から深い繋《つなが》りを作品と持っていた俳優が出演するだろうと思っていた。ところが、クニッペルは出なかった。スタニスラフスキーも出なかった。他の誰も。――俳優はすべて、方々の劇場からの臨時かり出しであった。これはただ偶然か、或は意味ある現象なのか。
演出は決して飛び切りとはいえなかった。でも、我々には二重に或るものを遺して行った。一つは「検察官」とは正反対の性質をもった作品の一列として桜の園は翻訳ではほとんど生命を失うものだ。桜の園の髄を貫いているのは、現在のロシアにおいては過去の社会現象に属する地主と町人との地位交換問題ではない。ある時代のロシアの魂《ドゥシャー》、その魂《ドゥシャー》は、ロシアばかりにしかなくて、ロシア生活の根で二千百三十五万二千平方|粁《キロメートル》の上に発生する感情と智慧はそれから翔び去れないところの魂のある姿なのだ。そうでないとしたら、社会主義者で芸術家である秋田雨雀さんが、大劇場の桜の園を観た一九二八年に漸く、ロパーヒンは悪人じゃありませんねえ、という興味ある評言を発されるようなことがどうして起ろう。築地はそんなに下手に演じたか? 否。例えば汐見の爺やは、ここの爺やより巧に、効果的に演じられた。演じられぬ魂が、築地のリファインされた全舞台の上に、日本に、欠けていたばかりだ。
もしチェホフの劇作が、真直、ロシアの魂の或る時に迫っているものでなかったなら、桜の園その他の上演が、何故、現代において心理的の問題として討議されるだろう。あの夜、一つ一つの座席を埋めた数千の見物は、兎に角自分達の中にあるロシア魂にぴったりよってくる過去の魂を感じた。彼等はそれを理解しないわけには行かない。あまりわかる。或はやり切れない程わかる。だから彼等は、もう断然ガーエフ的人生を拒絶した彼等は、自分の顰《しか》めた顔の前で手を横に振る。ふう! もう沢山だ! 私は、そこで見る
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