の白い婦人の姿を中心として一層ひろい海面へのびてゆくリズムは実に変化と諧調に富んでいて、眺めていると複雑にとらえられている角度や線の交錯から、その海辺に都会がつくられて来た歴史の奥行だの、その屋根屋根の下で営まれているその日その時刻の生活の微かな音響だのが、夏の日光の中に匂いとなって感じとられて来るのである。
絵画ではきっと処理しきれないだろうと思えるどっさりの生活の感情が、そこには流動する立体感であつかわれている。
もう一つ非常に印象をうけたのは、その一冊の終りの方に工場や作業台に向って働いている人々を撮った何枚かの中の一枚で、精密な機械の調べ手入れのようなことでもしているらしい年寄の男の写真である。時計屋が使うような片目の覗き眼鏡にぴったり顔をおっつけ、右手でその眼鏡の下のものをいじっているところだが、ヴォルフはカメラをその顔や手の、下の方から向けた。
皺のある大きい老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにその仕事にかけての巧妙さを語る大きい手先とが、小さな覗き眼鏡の円筒を中心として、その小さい道具を既に生理の一部分にとかしこんでいるような吸着力で捉えら
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