な、しかも性格的なモメントをとらえている。最高の機械と技術とが駆使されていることは明らかなのだが、ヴォルフの製作の一つ一つの態度は、それらの道具を駆使する感興というような末梢から遙にぬきんでている。私を一番感動させたのは、制作者としてヴォルフがもっているひろやかで瑞々しく複雑な情緒と、対象をそのものとして活きた性格の姿でとらえてゆく主観の謙抑とでもいう美しさである。頁から頁へと一つの印画から一つの印画へとそこに描こうとされた生活の各断面が十分の量感をもって展開されていて、そこからたちのぼって来る生活の息づきに、心持よく顔をふかれるような感じをうけた。
 夏の或る日、畳まった町の屋根屋根を越してずーっと下の方に並木路が見える。その並木路は海岸の散歩道で、梢のこまやかな樹木の彼方に低く遠く静かな海の面がのびている。ぽっくりと一人白い軽い外套を羽織った女がその海岸通の並木路の日蔭の間に立って片手を高くあげながらむこうを通ってゆく汽船に挨拶を送っている。
 カメラは高い高い左手の上からその光景を俯瞰している。近い屋根屋根の波の面白さ、それから段々と低くなって並木通へ視線が導かれ、そこに在る点景
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