れている。仕事への熟練とその集注力の大さとが、いかにも人間の肉体を通して語られている。こんな微細な作業から大きいこともしてゆく人間の精神への感興が、おのずから湧きおこされて来る。
 ヴォルフがいつも自分の撮そうとする対象を愛しているということは、その作品集の日本の編者も絶讚していることだけれども、芸術家が対象を愛すというのはどういうことを意味するのかと実に面白く考えられた。ヴォルフの美が肯定され、彼の対象への愛が肯定されるということは、とりもなおさず、現実のそれぞれの真実が芸術にうけいれられるべきことの肯定であるし、その表現の過程として科学の力いっぱいの発揮、それを可能ならせる客観性がうけいれられるということにほかならない。ヴォルフの対象への並々ならぬ愛として結果しているものの裏づけである主観の謙抑や隅々まで自覚され支配されている客観の力を考えると、今日私たちはそこに息するにいくらか楽な空気をかぐと共に、少なからぬ示唆をうける。あらゆる芸術の分野でごく少数の卓抜な選良たちは常に主観と客観とを二つのものに分けて扱う習俗を跨ぎこして、真実の核心に迫って行っている。主観的な時代には特にそのこ
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング