! あなたそんなに見えていらしってなかなかなのね」
 安達というのは、絹子の実家で、池袋にテニス・コートを持っているのであった。
 出られたら、十二時半頃、佳一の家へ寄ることに一旦決りかけたが、絹子が、
「でも、なんだか……」
と首を曲げた。
「お母様にお正月御挨拶申上げたっきりで、遊びにだけおよりするの、現金すぎて少し極りが悪いわ」
 結局天気がよくて、榎が留守になったら、新宿の停留場で待ち合わすことになった。
「とんだお伴おさせ申すわね」
「いいえ!」
 佳一は真面目な、青年らしい面持ちで、頭を振り、対手の言葉を否定した。

 その相談が纏まると、何か今日の用がすんだような心持になり、佳一は程なく椅子から立ち上った。
「――どうも失礼……じゃ」
「そうお」
 絹子も同じような感情と見え、親密を表した眼つきで自分の場所から立った。
「では……どうぞよろしく」
 玄関へ廻ると犬小屋の傍にいた楓が、さっきの桃色の上にエプロンをかけさせられ、駆けよって来た。絹子は、母らしくその楓を自分の前に立たせ、改まって、
「じゃさようなら、失礼いたしました」
と、高く娘のおかっぱの上へ窮屈そうに頭を下
前へ 次へ
全12ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング