たい紅茶のコップをとり上げた。
 絹子は、臙脂《えんじ》色の帯の横を見せ、立ったまま二つ三つピアノで諧音《アッコード》を鳴らした。
「変じゃないこと? このピアノ」
「どうかしたんですか」
「大変なことになっちゃったの」
 絹子は小さい声で、
「贋なんですって、ベッシュタインの」
といった。
「私閉口しているの、実は。これ買うとき、ほら榎、神戸へ行っていたでしょう。電報打ったり何かして買わせたんですもの」
「でも――本当なんですか、誰か鑑定したんですか」
「ついこの間、偶然会社の人が来て、麻布のミセス・フーシェって方のところへおとまりになったんですって。そこに、これと同じのが一台ありましたの。ミセス・フーシェだってベッシュタインだと思い込んで、お見せになったんでしょう。その人から判ったの。そんなことが分ったら、すっかり音まで変になっちゃったようで……」
 二人は笑った。
「榎さんにおっしゃって、じゃ処分した方がいいですね」
「それで閉口なのよ。――あのひと自分が家にいると、ピアノ、まあやかましいって部ですもの、すっかり私、信用を失わなくちゃならないんですもの」
「じゃ、飽きたことにして
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