した。しかし、それは、ほんの一時のいわば榎の出来心で、フランスの僅か半年の影響が彼の感情から消えると同時に、榎は、もとの謹直一方の、やや退屈な良人に戻った。
花火の散った後のような心持で、絹子は、日常生活の詰らなさを、一層強く感じているらしかった。
「私のピアノだって、あなたのお姉さまのなすってらっしゃるお心持とは大分違うわ。和子さんなんか [#アキはママ]本当にお好きで、天分もおありんなって、本ものになろうとしていらっしゃるんだからいいけれど、私なんぞ、外にすることがないし、したくったって出来ないから、まあ憂さ晴しみたいなもんなんですものね」
佳一にそんな打あけ話をするくらいであった。或るとき、姉の和子にそのことを話すと、和子は、
「そうお。……佳一さん、信用があるのね、おめでとう」
冗談とも本気ともつかず笑っていった。何かぼんやりした微妙なものがあることは佳一も感じてい、榎のいるとき、いないとき、絹子の打ちとけ方に相違のあることをも、彼は心づいているのであった。
「さ、ポチゃの子、見てらっしゃい。楓ちゃん、まだか、まだかってないてたことよ」
窓際のディヴァンにかけ、佳一は冷
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