の前から立って来た。
「いらっしゃい。ちっとも知らなかったわ、いやあね、いきなりそんなところからお覗きんなったりして、さ、どうぞ」
 窓枠へあちら向きに楓をのせたまま、佳一は、傍のイタリー風の大硝子扉から室内へ入った。
「暫く」
「本当に暫くね、お姉さまの方もお変りなくて? 私どこへもすっかり失礼しちゃっているのよこの頃」
「相変らずでしょう。僕もこないだうちちょっと忙しかったんで行きませんけど」
「――この前お目にかかったの、いつ? 聖マルグリットの音楽会のときじゃなかって?」
「三月経ちますね」
「早いこと」
 楓の体をおさえて絹子も窓枠によりかかっている。おかっぱの娘の小さいぱっとした桃色と、絹子の黄がかった単衣姿とが逆光線を受け活々《いきいき》した感じで佳一の目を捕えた。
「榎氏もお変りなしですか」
「え、ありがとう」
 大きい眼と唇に一種の表情を浮べながら、
「あのひと、いつだって鉄騎士《アイロンナイト》よ」
「お出かけ?」
「ええ」
 榎は、商用でフランスへ半年ばかり行って来た。帰った当座は、絹子を連れて晩餐をたべに出かけたり、若い者を招んで、ダンシング・パアティを開いたり
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