係で、彼は一種のファミリー・フレンドとなっているのであった。
 資生堂で、女中が命じられた買物に入った。外の飾窓の前に立ちながら、佳一は、
「お母さまは?」
と楓にきいた。
「おうちにいらっしゃるの?」
「うん、いらっしゃるの」
「楓ちゃん、お家まで送ってって上げましょうね」
 丁度彼等の目の前を、真っ赤な着物をきたサンドウィッチ・マンが通り過ぎた。楓はその方に気をとられ、佳一のいったことには返事しなかった。

 女中が、
「では、ちょっとお待ち下さいまし」
と小走りに台所口へ廻る。それにかまわず、佳一は、楓を先に立てて庭へ入って行った。あまり広くない地面に芝を植え、棕梠《しゅろ》の青い葉が、西洋間の窓近くさし出ている。窓は開いて、ピアノの途切れ途切れの音がした。
「おかあちゃま、ただいまア!」
 楓は、サンダルのつま先立って、窓の内を見上げ、芝生から叫んだ。
「おかえんなさい」
 佳一は黙って楓の体を窓の高さまでさし上げてやった。楓は両手を振廻して喜んだ。
「ワー、見てよ、見てよ、おかあちゃま」
「あら!」
 桃色のかげにある佳一を見つけ、絹子は、いささかきまりの悪いような顔でピアノ
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