、どこかへ押しつけるか」
絹子は、深いえくぼ[#「えくぼ」に傍点]をよせ、黙って笑ったまま短いチャイコフスキーのバラッドを一つひいた。練習のつんだ正確なひきようだが、ニュアンスがない。いつも絹子のひきぶりはそうであった。
果物などむきながら、彼等はやがて、活動のことを話した。佳一は、
「とても素敵だ、僕、水が出そうんなったところありますよ」
とヴァリエテをほめた。
「通にいわせれば、いろんな苦情があるんだろうけれど、やっぱりよかったな。リア・ド・プティ――女優ね、随分新鮮でよくやっていたし、ヤニングス、僕オセロよりいいと思ったな」
「まあ! そんな? 私オセロは見たのよ」
「そんならなおだ。ヴァリエテ御覧なさるといい」
「さ、どうお一つ、これは本ものらしいから上って頂戴な」
サンキストと皮に文字を打ってあるオレンジをとり分けながら、絹子は、
「じゃ、お友達でも誘ってぜひ見ましょう」
弾んだ調子でいったが、
「でも、私共みたいな境遇詰らないわねえ。ちょっとそんなものでも見ましょうってお誘いしたって、直出かけられるような方一人もいらっしゃらないんですもの」
榎は、ダンスをやめたと
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