すると、お菓子のような将校は、いとも優雅にそのハンカチーフを拾って――どうぞ――とフランス語で云いながら渡してくれた。
 いよいよメーデーの朝になった。
 くたびれていたので、目が覚めたのは九時すぎだった。びっくりしてベッドの上へ起き上って耳をすましたが、音楽も聞えず、足音も聞えない。急いで着物を着て、ともかく公園のところまで行った。人通りは沢山ある。妙なレイン・コートのようなものを着た若いものも大勢歩いている。先へ先へと、また一つの公園につきあたった。右へ行っていいのか、左へ行っていいのか、見当がわからないので、通りがかりの爺さんに、
「劇場広場はどっちですか」
ときいた。
「劇場広場? あなたが行くんですか」
 わたしたちを頭の先から足の先まで見下して、驚いたことには、この爺さんまで、
「ウーム」と、うなった。
「左へ行くんです、それから右へ行くんです、そうするとつきあたりが劇場広場だが……やめたらいいでしょ」
 やめるために聞きはしない。行くためにきくのだ。教えられたとおりに行くと、通りは次第に群衆でつまってきた。みんな一種緊張した何かを期待しているような目付で数人ずつ連れだち、
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