色だった。海の面に毎日飛行機の影がとぶ。影は水をとおす。水の中を泳ぐ魚の体の上にもうつる。フォークをひかえて、日本女はしばらく近代魚類体中の飛行機をロンドンに於て生新に感覚し、それからそれを引っくりかえし愛情を感じつつ皆食べてしまった。
穿鑿《せんさく》機の激しい音響は鼓膜をしびらし、暑い空気を白い炎のようにふるわした。
ホワイト・チャペル通の右側は掘じくり返し積み上げたコンクリート道路工事の塹壕である。乗合自動車、貨物自動車、荷馬車。互に待ち合わせ強烈な爆音中で時間の感覚を失いながらのろのろ進行した。
横丁にずらりと露店が出ている。バナナ、駄菓子、古着、ボタン紐、道路工事に面する大通のペーヴメントにはほこり、古新聞のほご、繩片、煙草の吸殼等が散っている。子供を片腕にかかえ、袋を下げた神さんが行く。白粉と紅との下から皮膚の垢を浮出させた十八ばかりの可憐に粗末な造花、安女店員がいそぎ足で通る。手のついたブリキ罐をぶら下げ格子木綿の服を着た男の子供が、格子木綿の女の子の服を着た弟の手を引っぱって行った。子供はどっちも帽子なしである。ポヤポヤした彼らの薄赫い髪の毛を八月の土曜日の太陽
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