ならない。
 或る日、東端《イーストエンド》から逆三角の顔を持つ老いたる若き時代が隊伍をなしてくり出して来なければならぬ。そして、|山の手《ウエスト》人は食慾を失い、ロンドンが踏んまえている者の鼻面へオーデコロンをぬった鼻面を擦りつけさせられなければならぬ。

 幅ひろい雨がロンドンに降った。夏の終りだ。ペーヴメントを濡し薄い女靴下をびっしょりにして降る雨は、自動車がほろの上にしぶきを立てつつ孤独に走る両側で夏の緑をずっぷり溶かした。
 驟雨が上る。翌日は蒸し暑い残暑《セプテンバア・ヒート》だ。樹がロンドンじゅうで黄葉した。
 空は灰色である。雨上りのテームズ河に潮がさし、汽船が黒、赤、白。低い黒煙とともに流れる。架橋工事の板囲から空へ突出た起重機の鉄の腕が遠く聳えるウェストミンスタア寺院の塔の前で曲っている。河岸でも葉は黄色かった。トラックのタイアに黄葉が散ってくっついて走った。

 PELL《ペル》――MELL《メル》は古風な英国の球ころがし遊びの名である。
 古来英国人は実によく球で遊んで来た民族だ。潮流の加減で冬でも霜ぶくれにならぬ草原と地震なきゆるやかな丘の斜面が彼らのところ
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