――冷肉とサラドを貰いましょうか。
 それはミセス・XX《エッキスエッキス》の地声だ。が、生《き》ではない。――
 こういう話しっぷりそっくりな中流住宅がロンドン市いたるところで目についた。むずかしいことはない。三ペンス払って乗合自動車《オムニバス》に乗る。そしてさっき日本女がやっていたように窓へ顔を押っつけて過ぎ行く街筋を見ていると、やがて諸君の目前に現れるだろう。窓を五つばかり持つ小ぢんまりした二階建の正面が四五軒から八九軒立である。が、おのおの三尺の入口扉が独立についている。第一軒の入口に白い柱列《コラム》でもあればそれは三坪ほどの前栽に向って全建物が終るまでつらなっているであろう。そして小砂利か煉瓦でたたんだこみちが往来をくぎる垣根までつけられている。垣根は低い。前栽の金魚草・たちあおい・ゼラニウム・緑・赤毛糸ししゅうみたいな花壇とその奥の窓々に白いレース・カーテンをかいま見させるていどに開放的である。しかししんちゅうにぎりの入口扉と窓枠は往来に向って独特の静まりかたをしていて――つまり紹介状なしに人は入れぬ「|英国の家庭《イングリッシュ ホーム》」を示威している。ソヴェト
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