…だが何故こんな爺ばかりなのだろう。窓から見ていると、ロンドン市のすべてのタクシーは旧式に、すべての運転手は年寄に、と決議したようだ。八月の風邪を恐れるように幌をしめた箱馬車型タクシーが炎天下へやって来る乗合自動車《オムニバス》と並んで停る。うわっぱりのだぶついた胸へ番号札を下げた運転手はどこやらあおい瞳がすでにうるみかけた爺さんだ。また来る、止る。爺さんだ。爺さんの運転手は元気な乗合自動車《オムニバス》の巨大なずうたいに向って彼のエンジン付馬車をならべ、はからず、労働市場の淘汰見本を現出している。しかし彼ら自身はこれにたいして懐疑的でない。
 泰然として進化《エヴォリューション》を信じ、疑わないような群集をつっきり、日本女はある角で乗合自動車《オムニバス》を降りた。小さい飲食店に入った。
 色とりどりにふんだんな野菜がある。
 白レースを額の前につけ黒絹靴下できりっとした給仕女である。
 そしてタイル張の床の上でそういう給仕女もテーブルにむかって坐っている客達も一種特殊な技術でたくみに各自の声の限度を調節してやっている。
 ――何を上りますか?
 給仕女の声は自然であって自然でない。
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