細長いようにとんがって長い。それから時々ショー・ウィンドウ硝子板の世界的近代商業の輝きの隅に、純然たるイギリス風なあるものが現れた。それは頭に小さい王冠をのせた黄金の獅子と一匹の馬とが左右から一つの楯にしがみついている紋章である。これと同じものがバッキンガム宮殿の門扉の上にあった。リジェント街一〇〇番の洋服裁縫店のショー・ウィンドウにある。ある馬具屋の窓の上に、リプトン紅茶の小箱の上にある。「皇帝御用指定商《バイ アポイントメント トゥ ヒズ マジェスティー ザ キング》」リプトンはセイロン島の土人に茶を拵えさせながら、ヨーロッパのヨット界の親玉になっている。
 八月のロンドンの空気は乾燥している。毛織物を食う虫はこの空気中では湧かないのだそうだ。だが、かわいた空気はざらついた。そして喉の奥を引っかいた。そういう空気を押し破って下町から山の手に、山の手から下町へ陸続進む乗合自動車《オムニバス》の運転手はどれも若い、壮年だ。白っぽいうわっぱりを着て、プリンス・オヴ・ウェルスもそうであるように、一寸赫みがかった横顔で高いところへ坐っている。タクシー運転手も同様に白いうわっぱりを着ているが…
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