しの鳥打帽をつかまえて云っている。
――ペニー足りねえよ!
――うむ……ねえんだ。
――持ってるって云ってやしねえ。だが、俺にゃペニー不足におっつけて手前あくるみ食ってやがる。ペッ!
白手袋の巡査がびっくりして振向く夕刊売子の腹にビラが下ってる。「又々大胆不敵なる強盗現る※[#感嘆符二つ、1−8−75]」こんなのもある。列になって失業者が立っている。「失業者相談掛」札の下った机の前だ。ひしゃげた山高帽の失業者がだぶだぶズボンに片手を突込んだなりその机に肱をついて
――ねえ、旦那。あっしゃもうこれで一年以上お情金で食って来たんだがその方の昇給って奴はねえもんかね?
こういうエハガキを売るビショップ町ではキャベジ一つ一ペンスである。二三ペンスで茶色に乾いた燻製魚が一匹食える。調子っぱずれなラッパの音がした。よごれくさった白黒縞ののれんの奥だ。看板に「火酒《スピリット》」。臓物屋の店先で女子供が押し合った。
ピカデリー広場行の乗合自動車《オムニバス》はかなくそでつまったような黒いロンドンを一方から走って来てビショップ町の出入口から心配げな顔つきをした僅の男女をしゃくい上げた。そ
前へ
次へ
全67ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング