低いどす声で云って顔を動かさず靴下を引っぱり上げている。
木の箱へ何かの鉄たがで工面したような輪が四つくっついている。繩一本地面にのたくっている。それで引っ張るように、木の箱の中へ赤坊が入っていた。額に横皺の出たしなびた赤坊が入れてあった。赤坊もそれより大きい子供たちもここではロシアのバラライカを逆に立てたような顔付をしていた。逆三角は人間の顔ではない。だから見る者の心臓にその形が刺さった。耳の横や食い足りない思いをして居る大きな口のまわりに特に濃く、そして体全体に異様にねっとり粘りついている蒼黒さは東端《イーストエンド》の貧の厚みからにじみ出すものだ。子供等自身はそれについて知らぬ。富裕なるロンドン市が世界に誇る、英国の暮し向よき中流層を拡大させつつ東端《イーストエンド》には一時的ならぬ貧を二代三代とかさねさせているうちに、この逆三角の顔を持ち七歳ですでに早老的声変りをした異様な小人間がおし出されて来たのである。
並木路のまんなかを一人の男の子が小便しながら歩いて来る。
子供の生活に興味を示しているような大人はこの辺に一人もいなかった。小さい稼がぬ人間と稼いでも稼いでも碌な飯の
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