た石の階段がついている。階段は危っかしく暗い。そこを登る時はすっと涼しくなった。左手に木の低い戸が半分開いて年とった女の声がした。内部も天井が低く室全体が陰気で暗かった。黒くよごれた裸のテーブルと床几が並んで粗末な白い茶碗がそこここに出ている。暗い奥に前垂をかけた働き婆さんが二人だけいて天井に声を反響させながらしゃべっていた。トインビー・ホールへ来る「彼ら」は二ペンスの茶をこの中で飲ませて貰うことが出来た。
 ――これは改良する余地がありますね。すると水色服の娘は直ぐ快活に答えた。
 ――けれど無いよりはこれでもましなんです。
 中庭に隣接した高い赤煉瓦の建物の裏を見上げた。鉄のバルコンと無数の洗濯ものがそこにある。青々と蔦のからんだ建物は云わば主家である。民衆教育の開拓者トインビーが十九世紀にここを建てて以来の細い廊下がその内部をぐるぐるうねっている。窓は鉛条入りのはめきりガラスで当時からとざされたまんまだ。教会内陣めいたその廊下の壁にいくつも写真がかけてある。案内の娘はそれを指しながら満足気に説明するであろう。
 ――これが一九三〇年[#「三〇」に「ママ」の注記]にとられたものです
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