りどり一冊六ペンスの古本の切れた綴目の間へ落ちた。
 古本屋の向い側に一軒衛生薬具販売店があった。ショー・ウィンドウにいろいろゴム製品と封された薬品が並べられていた。黒のむぎわら帽をかぶり紺の組服《スーツ》が肩胛骨の上でなえた中年女がその店へ入って行き、白いうわっぱりを着た男に小さい紙片を渡した。それは彼女が週刊新聞『労働者生活』の隅から切り抜いて来たものだ。『労働者生活』は一ペニーである。鎌と鎚の組合せマークと「全世界の労働者よ、団結せよ!」と云う文句が毎号刷ってあった。
 衛生薬具販売店の男は藍色のパンフレットを五冊大きな封筒に入れその女に渡した。女は去り、濡れたコンクリート床へさっきの紙切がとんではりついた。「産児制限。無代進呈。女性への忠言、産児制限、効用並害悪、良人と妻の便覧、妻の知識、以上五冊の有益なる医学書を最も有効にして無害なる産児制限具の図解カタログとともに無代進呈す。チャーリング・クロス九五番。衛生薬具販売店」。
『労働者生活』購読者はその死亡広告に現れる平均年齢六十九歳というタイムスの読者のように家庭医というものは持っていないのだ。だからこれは衛生薬具店の商売法と
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