の戸をあけたら、靴の上にきちんとのっかっているのはデイリー・メイルだ。
――貴方デイリー・メイルをよこしたのね。玄関へ行って日本女は云った。
――あれならいらない。デイリー・ヘラルドよこして下さい。……きっと、ね?
――かしこまりました。|お嬢さん《ミス》!
次の朝は――もう何にもよこさない。
ラムゼー・マクドナルドの髯の大さはこの頃一種の目立ちかたをして来た。政権をとっては左であり得ず、またそのような「分らず屋」でもないことを英国の資本主義と保守とに向って事実上表明しつつある労働党が、山の手では今なおかくの如く左翼であり得るのだ!
皇室厩《ローヤルステーブル》には細かい砂をまいた広場と蔦のからんだ幾棟かの建物がある。シルクハットをかぶった男と訪問服の女づれがぞろぞろそこを歩いていた。皇帝ジョージの愛馬はアスファルトで爪を傷めぬようにゴムの蹄鉄をつけられている。それを覗こうとした一行に向ってよく手入れされた動物はゆっくり尻の穴をひろげ楽しげに排泄作用を行った。
「トロカデーロ」の喫茶室は昼でも人工の間接照明だ。眉毛を描いたピエロが赤絹の飾帯を横へたらしてロマンスを唄って
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