元気な老母づれの青年は軽くクラブを振りながら小さい球を草の間の穴へ打ちこんだ。
 セント・ジェームス公園にも、グリーン公園の草原にも、彼等のからだのまわりの草の上へ煙草の吸殼を散らしながらほとんど一日そこで日に当っている失業者がたくさんあった。或者は眠った。草へ腹ん這いに突伏して眠った。減った靴の裏へロンドンの八月の草がそよいだ。グリーン公園の横通りでロスチャイルドが数十万ポンドの費用で邸宅修繕をしていた。だが、その起重機の音は公園の樹蔭までは響かない。――

 書店のショー・ウィンドウ裏の新聞雑誌売場。一八六九年創立の『グラフィック』。一九〇七冊目の『スケッチ』その他。吊したり積んだり斜かいに立てたりした刊行物の洪水の奥に、ダブル・カラーの男が胸から上だけ出して立っている。男の手にある小型の雪掻きのような道具が小銭をのせて引込み、新聞と釣銭をのせてふたたび現れ、活溌に印刷物の上を往復した。印刷術の進歩と六ペンス・ロマンスに対する欲求の膨張が売子と買いての距離を広くした。伸びる手の長さでは間に合わなくなったんで、こんな道具が出来た始末である。
 日本女はそこで或る朝『デイリー・ヘラルド
前へ 次へ
全67ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング