して合理的な性質を帯びた一つの儲け方なのだ。が、それ等のパンフレット第三冊にある哀切な笑えぬ笑い、近代の貧乏について果して何人の英国諧謔家がその同感をよせているであろうか。「衛生的貧者の友」と名づけられるゴム製品がある。それは強靱な厚いゴムによって作られ、特殊な装置によってそれ一つを伸せばワッシャブル・シースとなって夫のため、巻きちぢめればペッサリーとなって妻のため「かくて数年間使用に堪ゆ。資力に限りある者にとっては最も適当、実用的なるものなり。」
日本女は再びトインビー・ホールの受付へ白封筒とともに現れた。そして水色の服を着た受付の若い娘の後について育児相談室、職業相談室その他を見て廻った。月曜日だ。が、主事は留守だ。相談をもって来る筈の人々も留守だ――どの室にも誰も来ていない。がらんとした室の奥にテーブルがあり、その前で鼻眼鏡をかけたレディが一人で何か記入している。九月になれば講義の始る狭い講堂ではちりをかぶった床几が夜明け前のカフェーだ。窓からさし込む八月の午後の光が灰色の壁の上に逆に立った床几の脚の影を黒くうつしている。何とも云えずあたりは静かである。
別棟に真中が磨滅した石の階段がついている。階段は危っかしく暗い。そこを登る時はすっと涼しくなった。左手に木の低い戸が半分開いて年とった女の声がした。内部も天井が低く室全体が陰気で暗かった。黒くよごれた裸のテーブルと床几が並んで粗末な白い茶碗がそこここに出ている。暗い奥に前垂をかけた働き婆さんが二人だけいて天井に声を反響させながらしゃべっていた。トインビー・ホールへ来る「彼ら」は二ペンスの茶をこの中で飲ませて貰うことが出来た。
――これは改良する余地がありますね。すると水色服の娘は直ぐ快活に答えた。
――けれど無いよりはこれでもましなんです。
中庭に隣接した高い赤煉瓦の建物の裏を見上げた。鉄のバルコンと無数の洗濯ものがそこにある。青々と蔦のからんだ建物は云わば主家である。民衆教育の開拓者トインビーが十九世紀にここを建てて以来の細い廊下がその内部をぐるぐるうねっている。窓は鉛条入りのはめきりガラスで当時からとざされたまんまだ。教会内陣めいたその廊下の壁にいくつも写真がかけてある。案内の娘はそれを指しながら満足気に説明するであろう。
――これが一九三〇年[#「三〇」に「ママ」の注記]にとられたものです
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