ブルの中央に彼が直したスタンドがともっている。母が向い側でドイツ語の論文翻訳をしている。母はよく働いた。コーリヤは母を尊敬している。コーリヤの見ているイズヴェスチヤの第一面には大見出しで、「パジシャフ・アマヌル・ハンのモスクワ到着」という記事が写真つきで出ていた。「停車場に於けるアマヌル・ハンとタワーリシチ、カリーニン、ヴォロシロフ、カラハン」「自動車上のカリーニンとアフガニスタンのパジシャフ。」軍服の、黒い短い髭をはやした円顔の王の隣席で、中折帽をかぶった白い髯のカリーニンが下を向いて何か見ている。「停車場を出んとする王、カリーニン、ヴォロシロフ、並アフガニスタン大使」最後に、「停車場前の閲兵」。――コーリヤは、パジシャフの敬礼の仕振りや、光った長靴やらを少年らしくじろじろ眺めていたが、いきなり、
 ――ママ!
 母を呼びかけた。
 ――なに。
 ――ママ、何故こんなにパジシャフを歓迎するのさ。自分の皇帝《ツァー》は悪いって殺しといて、何故よその皇帝《ツァー》は歓迎するのさ。
 ――…………………。
 母は答えない。
 ――ママ!
 髪のほつれた頭を仕事にうつむけたまま母は短く答えた
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