。
――外交に必要だからだよ。
日本女の部屋のテレスの欄干に雨のしずくがたまった。昨日雨が降った。今日も雨が降る。五月の雨である。
日本女は、そこに六ヵ月生きたモスクワから、新生活が始まったばかりのロシアを強く感じている。СССРは、二十世紀の地球に於て他のどこにも無いよいものを持とうとしている。同時に他のどこにも無い巨大な未完成と困難を持っている。
モスクワ河から風が吹いて電線がゆれた。電線の雨のしずくが光って落ち、基督救世主寺院の散歩道で、空っぽのベンチが四つ、裸の樹の枝のかなたで濡れている。こうもりをさした人が通った。市民《グラジュダニン》ルイバコフの台所ではさぼてんが素焼の鉢の中で芽をふき、赤い前かけの女中ナーデンカはパン粉をこねている。下宿人、ミハイル・ゲオルクヴィッチ、いつもきっちりしたなりをして革の時計紐をそった胸につけているが、タシケントにある家屋の買いてを見つけることは不可能になった。彼の子を一人持った女が千三百ルーブリの扶助料《アリメント》不払いに対してミハイル・ゲオルクヴィッチを訴え、法廷はタシケントの家を差押えた。室にあるトルコ刺繍も四百ルーブリではな
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