い部屋の衣裳棚の鏡に、金色の反射がちらついた。往来を隔ててあちら側の丘の上にある基督救世主寺院《フラム・フリスタ・スパシーチェリヤ》の金の円屋根《ドーム》から春の光が照りかえした。
モスクワ市の上を飛行機でとぶ、低く、低く。そして市中を見下ろす。人は、昼間はともらぬ「イズヴェスチア」のイルミネーションは一つで、あとは無数の寺院でちりばめられた古風な、宗教的モザイックとしてのモスクワ市を観るであろう。
彼の操縦者が用心深くよけてとんでいる低空障害物は、事務所建築《オフィスビルディング》のコンクリートの平屋根でも煙突でもない。寺院の高い尖塔ときらめく十字架だ。
双眼鏡のレンズをとおして、もっとも平和的な彼の常識へも映って来る一つの結論がある。――成程、こりゃえらいもんだ!――そして、イリイッチが宗教は阿片だと叫んだ必然の原因が、特にこのモスクワを持つ民衆の心にあるのを認めるであろう。モスクワの街裏にある小さい、古い御堂の或るものは実に理性なき美で通りすがりの旅行者をも魅する。これは北、これは南だが、髪へ桃色の花房を押したタヒチ土人の娘の、裸の黒い原始な皮膚の美が、モスクワの御堂のごち
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