中、一組の下宿人とで、その協同家屋《コオペラチーブ》の室《クワルテイラ》9に生活している。大きい室が二つ小さいのが二つ。台所、風呂場。四十年後に、室《クワルテイラ》は市民《グラジュダニン》ルイバコフの所有となるであろう。二ヵ月前までの下宿人はペルシア人の男とオデッサ生れの女で、男の本妻はペルシアにあった。彼等が出立して行った後、主婦は、熱情と南京虫を十八平方メートルの室から追っ払って、モスクワ夕刊新聞の広告欄を見た。
 ホテル・パッサージの日本女《ヤポンカ》が広告を出した。ルイバコフの室のバルコンと、女中のナーデンカの顔つきとが日本女を牽きつけた。ルイバコフは、カラーをとった縞のシャツで、タイプライターの契約書を二通作った。

 市民《グラジュダニン》ルイバコフのバルコンは、四辻の広場と乗合自動車の発着所を見下した。広場の中央に電燈入りの時計がある。深更、街燈が消えて暗いときにも時計だけは円く明るい。自分の窓から日本女はオペラグラスで午前二時半の字面を読むこともある。
 四月になった。窓から見えるクレムリンの赤旗はいきいきひるがえり始めた。空はあおい。白く小さい雲が空に浮き、日本女の狭
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