怖とを自覚していないように見える。ロシア史のあらゆる偉大な瞬間と恐ろしい瞬間は、心理的には、この山羊皮外套の中で体温高き民衆の飛躍性と深い関係を持っていると思う。

 或る民族の持つ風呂によって、彼らの気質の一部を観察できるものとすれば、ロシア風呂は独特だ。日本のように湯桶の中で水を沸かすのでもないし、沸かした湯を寒暖計で計りつつ注ぎ出す科学的方法でもない。室がある。一方の隅に胸位の高さまでの石がある。それは焼石だ。真赤な焼石である。その焼石に、いきなり水をぶっかける。バッ! 水蒸気が立つ。忽ち水蒸気で室が一杯になる。その蒸風呂で、スラヴの汗とあぶらをしぼるのだが、焼石に水をぶっかける時、こつ[#「こつ」に傍点]がある。人は、必ず体をかがめ、下から焼石へ向って水をぶっつけなければならぬ。立って焼石に水をかける。一時に水蒸気が裸の体の胸を撃つ。人は死ぬ。――石が吸い込んだ熱、或はペチカの煉瓦の温みがロシアの人のあたたかさだ。
 この温みが声帯を通って出て来た時、我々はいわゆるロシア的雄弁のいかなるものかを知る。雄弁法に於ても彼等は人生派だ。その言葉に耳を傾けさせようとするなら、先ず引例を
前へ 次へ
全47ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング