活動の字幕に、アフリカ大密林の深き[#「深き」に傍点]ところ、と云うタイトルが出たとする。私たちの受ける印象は必ず、地面の上から人間の頭上高く上へ上へ繁茂した木下闇の感じだ。深い。然し上へ向って深い。ロシア民族の持つ深さは、下へ向って底無しの深さだ。例えば、罰金のがれに巡査をうまく撒いたニキーツキー門のりんご売の行動、それを眺める周囲の見物人の顔つき、彼らの吐く空気とともに彼らの心情の底なしさが傍観している私の心に吹きつけて来た。その時居合わせた数人の見物の中に、小さな突発事を道徳的な見地や市の秩序という視点から批評しようとしたものは唯一人も無かった。私はそれを断言できる。ロシア人なら、彼等の心はそういう風には動かないのだ。間抜らしく而も的確に逃げたりんご売の心持、それを追っかけようともせぬ巡査の心持、総てを自分達の心持として理解し、笑う。よし、あし、は抜きなのだ。一人ドイツ人がいると雰囲気は変る。彼はたといそれがどんな小さい角でも事件に推理的ひっかかりをつける。何とか理窟が出る。ドイツ人が上に深い[#「上に深い」に傍点]ゆえん、ぴんからきりまでのおびただしい哲学者とカール・マルクスを
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