で汗が真白い霜に凍っている。通行人のひげも白い。本物の「赤鼻のモローズ」がモスクワの街へ降りた。

 午後三時半、日が沈みかけた。溶鉱炉の火玉を吹き上げたように赤い、円い、光輪のない北極的な太陽が雪で凍《い》てついた屋根屋根の上にあり、一本の煙筒から、白樺の黒煙がその赤い太陽に向ってふきつけていた。
 ブルワールも樹立も真白だ。黒く多勢の人々が歩いて行く。それらの人々は小さく見えた。

 五時すぎ、モスクワの月が町を照す。教会の金の円屋根《ドーム》がひかった。月の光のとどかない暗い隅で、研屋の男の廻り砥石と肉切庖丁との間から火花が散り、金ものの熱する匂いがした。
 赤い太陽の沈んだのと十三夜の明るい月の出との間がまるで短く、月は東に日は西に。北にあるらしい都会の感興が自分を捕えた。
 それは、然し天のこと。――街上は夕闇の中に人。人。人。女乞食が栗鼠《りす》外套を着た女の傍にくっついて歩いて、
 ――可愛いお方、お嬢さん。小さい娘の為にどうぞ――ほんの一コペック――パンの為に――女は見向きもせず歩いて行く。りんご売の婆さんと談判している女が頭からかぶっているショールには、赤と黄色のばら
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